全てはここから始まった!日本初の会場『東京ボウリングセンター』

ボウリングで遊ぶサラリーマン

戦後間もない日本で、本格的なボウリング文化がスタートした場所として知られるのが、1952年(昭和27年)12月20日、東京・青山に誕生した「東京ボウリングセンター」だ。これは、日本で初めての民間ボウリング場として開業した施設であり、後のボウリングブームの礎となった存在である。


戦後日本におけるボウリングの黎明

ボウリング自体は日本には戦前から存在したとされ、江戸時代末期(1861年)に長崎や横浜などで外国人居留地の娯楽として行われた記録が残る。しかし、これらは必ずしも現在の10ピンボウリングとは異なる形式で、日本人一般に広く楽しまれる施設やスポーツとして定着するには至らなかった。

第二次世界大戦後、日本における本格的なボウリング文化が育ち始めたのは米軍関係者や帰国者たちの影響といわれる中、1952年に東京ボウリングセンターが開業したことには特別な意味がある。これは、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の視察や米国文化の影響を背景に、民間として初めて本格的なボウリング場が設立された瞬間であった。


東京ボウリングセンターの開業とその後

    当時の東京ボウリングセンターは、港区青山の外苑前に18レーン規模でオープンし、政財界や芸能界の著名人、一般市民も含め多くの来場者を集めた。手動式のピンセッターが稼働する中で、ボウリングは趣味としての魅力を持ち始め、スポーツとしての普及に弾みをつけていったといわれる。

    しかし、開業からわずか1年足らずで当初の経営は破綻し、第一ホテルが経営権を取得。その後吉祥寺第一ホテルへ移転し、施設名をそのまま受け継ぎながら運営が継続された。1961年には自動ピンセッターを導入し、46レーンへ増設するなど、近代的ボウリング場としての設備が整えられていった。

    時代が進むにつれて、ボウリングは競技としてだけでなく、社交の場、家族レジャーの場として支持を受けるようになり、1970年代には全国に多くのボウリングセンターが開業する大ブームへと発展していった。メディアでもボウリング競技が取り上げられ、テレビでの生中継や人気プロ選手の活躍も話題となった。


    発展と衰退、そして記念碑としての意味

      高度成長期のボウリングブームが一段落した後も、ボウリング場は日本中で根強い人気を維持してきた。一時は全国で4,000近いセンターが営業していたという記録も残る。1970年代の最盛期に比べれば数は減少したものの、現在も多くのボウラーが競技やレジャーとして楽しんでいる。
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      東京ボウリングセンターの跡地には、“近代ボウリング発祥の地”を記念する碑が設置されている。明治神宮外苑の一角に立つこの碑は、単なる場所の記念碑ではなく、日本のボウリング文化がどのように始まり、発展していったのかを物語る象徴である。


      ボウリング文化の広がりと象徴的な存在

        東京ボウリングセンターの誕生は、戦後日本におけるモダンスポーツの芽生えとも重なる。文化としてのボウリングは、この施設を皮切りに都市部を中心に広がり、1950年代後半~1960年代にはボウリング連盟や大会組織が整備され、やがてプロボウリング協会などの組織も設立されるに至った。

        現在では、当時の姿を知る人は少なくなりつつあるが、記念碑や歴史資料を通して「ここが始まりだった」という事実が伝えられている。若い世代のボウラーにとっても、今日のスポーツ文化がどのような歩みを経てきたかを知る重要な手がかりとなるだろう。


        日本のボウリング史を振り返る。東京ボウリングセンターとその終章

          東京ボウリングセンター誕生から約70年。ボウリングは単なる流行スポーツから社会的なレジャーへ、そして国際的な競技へと変遷を遂げてきた。海外からの影響を受けながら日本独自の発展を重ね、ブーム期の熱狂、競技としての成熟、そして現代に至るまで、その歴史は多くの人々の記憶とともに色褪せることなく語り継がれている。

          その日本ボウリング史の原点とも言える東京ボウリングセンターは、2022年3月31日をもって閉店した。1952年の開業以来、戦後日本にボウリング文化を根付かせ、数多くの人々が集い、投げ、語り合ってきた象徴的な存在は、時代の変化とともにその役割を終えることとなった。

          日本初の民間ボウリング場として誕生した東京ボウリングセンターの存在は、たとえ施設そのものが姿を消したとしても、日本のボウリング文化を語る上で欠かせない“起点”であり続けるに違いない。その歴史と記憶は、今もなお、日本各地のボウリング場、そしてボウラー一人ひとりの中に生き続けている。

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