中山律子が84歳で死去。日本のボウリングブームを牽引した伝説の女子プロ

中山律子 写真:JPBA

日本のボウリング界を代表するレジェンドで、「さわやか律子さん」の愛称で親しまれた元プロボウラーの中山律子氏が、11月7日に亡くなった。84歳だった。日本プロボウリング協会(JPBA)が訃報を発表したもので、かねてより病気療養中だったという。1970年代のボウリングブームを牽引し、日本におけるプロボウリングの普及と発展に多大な功績を残した。

中山氏は1942年10月12日生まれ。1969年に女子プロボウラー第1期生としてデビューし、プロライセンスNo.2を取得した。華やかな笑顔と高い競技力で人気を集め、女子プロボウリング界を象徴する存在となった。

その名を全国に知らしめたのが、1970年にテレビ放送中の試合で達成したパーフェクトゲームだった。女子プロボウラーによる歴史的な300点は大きな話題となり、ボウリングが国民的な人気スポーツへと発展するきっかけの一つとなった。

さらに、テレビCMへの出演を通じて「さわやか律子さん」の愛称が広く浸透。競技の枠を超えた人気を獲得し、全国各地のボウリング場に多くの人々が詰めかける一大ブームを巻き起こした。当時のボウリング人気を語るうえで、欠かすことのできない人物である。

競技者としても輝かしい実績を残し、プロ公式戦通算33勝を記録。女子プロボウリング界の草創期を支え、後に続く多くの女子選手たちに大きな影響を与えた。

現役時代だけでなく、競技団体の運営にも尽力した。2004年にはJPBA会長に就任し、その後もJPBAや日本レディースボウリングクラブ(JLBC)の会長、名誉会長などを歴任。ボウリングの普及活動や競技環境の発展に長年取り組んできた。

JPBAは訃報の中で、故人の冥福を祈るとともに、生前の厚誼への感謝を表明した。なお、葬儀や告別式については現在確認中で、詳細が判明次第、改めて発表するとしている。

日本中にボウリングの魅力を伝え、競技を身近なスポーツとして定着させる大きな役割を果たした中山律子氏。その功績は日本のボウリング史に深く刻まれている。日本ボウリング界は、偉大な功労者を失った。

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