ボウリング界に衝撃…「PBAの声」ランディ・ペダーセン、64歳で死去

ランディ・ペダーセン 写真:rickybassman@gmail.com/提供:Media Valet 

PBA殿堂入り選手であり、長年にわたりプロボウリング中継の「声」として親しまれてきたランディ・ペダーセン氏が9月16日に死去した。64歳だった。PBAが同日発表した。

ペダーセン氏は選手としてPBAツアー通算13勝を挙げた名ボウラー。1987年にはPBAナショナル・チャンピオンシップを制してメジャータイトルを獲得したほか、PBA50ツアーでも自身初出場となった大会でいきなり優勝を飾った。2011年にはPBA殿堂入り、2025年にはUSBC殿堂入りを果たしている。

しかし、ペダーセン氏がボウリング界に残したものは、選手としての13勝だけではない。2001年に放送席へ入り、そこから25年間にわたってPBAのリード・カラーアナリストを務めた。PBA史上最も長く放送を担当した人物となり、現役引退後には「PBAの声」として第二のキャリアを築いた。

その25年間で、数々の歴史的瞬間を視聴者へ届けてきた。ケリー・クリックが女性として初めてPBAツアーのタイトルを獲得した2010年トーナメント・オブ・チャンピオンズ、ピート・ウェバーが劇的な優勝を飾った2012年全米オープン、そしてジェイソン・ベルモンテが積み重ねてきたメジャータイトルの数々。その声は、21世紀のPBAを象徴する場面とともにあった。

選手経験に裏付けられた分析だけでなく、ユーモアと豊かなキャラクターもペダーセン氏の大きな魅力だった。さまざまな実況アナウンサーとコンビを組みながら、専門的なボウリングの世界を分かりやすく、そしてエンターテインメントとして視聴者に届け続けた。

PBAコミッショナーのトム・クラーク氏は、ペダーセン氏について、ボウリングだけでなくゴルフ、コメディー、放送など「あらゆることに並外れた才能を持っていた」と振り返った。そして「彼は私たちの友人であり、パートナーだった。ランディは私たちの声だった」と、その死を悼んでいる。

南カリフォルニアで育ち、近年約30年間はフロリダ州オーランド近郊で暮らしていたペダーセン氏。選手としてPBAの歴史に名を刻み、その後は放送席から次の世代のスターたちの歴史を伝えてきた。

13度のPBAツアータイトル、2つの殿堂入り、そして放送席で過ごした25年間。レーンの上でもマイクの前でも、ペダーセン氏はプロボウリング界に大きな足跡を残した。

PBAが「There will never be another Randy Pedersen(ランディ・ペダーセンのような人は、もう二度と現れない)」と表現したように、ボウリング界は選手、解説者という枠を超えた大きな存在を失った。

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